『ゲームの王国』無知なゲーム好きが読んだら、世界を見る目が変わった小説

ゲームの王国

すごい才能の新人がいる、と感嘆し「小川さん、小説界を救ってください!」という気持ちになりました。

伊坂幸太郎による帯コメント

タイトル『ゲームの王国』
こんなタイトル、ゲーム好きな私が本屋に平置きされてるのを見たら、ちょっと気になっちゃうじゃないですか。

しかも伊坂幸太郎さんがこんなに絶賛してたら、とりあえず買っちゃうじゃないですか。

で、読みました。結論、買ってよかった。

想像以上に充実した読書体験でした。
貴志祐介著『新世界より』を読み終えた後の、あの時以来の充実感。

歴史的大事件をベースにした歴史小説でありながらも、超能力というフィクション要素でエンタメ性を高め、脳科学の要素をプラスしてSFとしたこの長編。読みやすい。面白い!そして勉強になる。

ぼーっとゲームしながら生きてきた私が、「社会主義と共産主義の違いって何だっけ?」って改めてGoogleで調べ出したり、カンボジアのポル=ポト政権について調べたり、「理想の社会って何だろう」とか偉そうに考え出したりして、人間性がだいぶアップデートされたような気がする。

もっと早くこんな小説を読んでたら、大学の勉強とか高校の授業とかをもっと楽しめただろうなーって思います。知的探究心に火をつけられる小説です。

  

  

小説を読んだら、ひねくれ者が歴史や社会に興味を持った

本作はカンボジアを舞台にした小説で、実際に起きたポル=ポト政権の大虐殺の歴史を元にしながら、あれこれ本当っぽく描かれたフィクションとなっています。

ただ、そもそも正直に言って私はカンボジアという国に全く興味がありませんでした。
「カンボジアの歴史を描いた小説です」という説明を受けていたら、たぶん買わなかったと思うんですよね。(別にカンボジアに悪気はなくて、どこの国だろうが、単純にややこしい歴史が絡んでくるストーリーを読むのが面倒臭いと思っていた。

じゃあなんで買ったかというと、冒頭に書いた通り、単純に『ゲームの王国』というタイトルに惹かれて買ったんです。だってゲーム好きだから。あと、伊坂幸太郎さんと宮部みゆきさんが絶賛してたから。

しかも「第38回日本SF大賞受賞作品」「第31回山本周五郎賞受賞作品」だっていうから、そりゃあ読んどいた方がいいなって思うじゃないですか。

でも結果的に良かったのは、小説を読んだら世界史や社会に興味を持つようになったっていうこと。結果的にね。


話が逸れますが私は子供の頃、親から「NHKを見なさい」「『週刊こどもニュース』を観て時事問題に興味をもちなさい」と言われて育ったんですが、それがけっこう嫌でした。

普通にアニメが観たいし、バラエティが観たかった。
だから大人になって一人暮らしを始めた頃は、NHKとか、そういう「学べる系番組」を意図的に観ないようにしてました。反抗心です。笑


でも、こういう『ゲームの王国』みたいな小説を読んで、自分から興味を持ってカンボジアの歴史について調べるのがすごく楽しいと思えました。

「『あつまれどうぶつの森』で住民から写真をもらうには?」とかそういうのばっかりググってた私がですよ?資本主義って何が良くて何が悪いの?とか、そもそも社会主義国ってどういう社会のことだっけ?とか気になり出して、ちょっと調べるようになった。

知識が広がるのがすごく楽しかったし、まだまだ知らないことがあることもわかった。そうやって新しい世界に触れさせてくれた、ものすごい魅力がある小説だというのは間違いありません。

これからこの小説を読む人は、「ゲームの王国?何それ面白そう!」っていう好奇心だけでこの小説を読み始めて全然OKです。でも読んだら世界を見る目が変わります。

小説の面白さ:「激情の上巻」と「理性の下巻」

激情、大興奮の上巻

上巻は、歴史小説ファンタジーとして楽しめます。
この上巻がとにかくやたらと面白いです。

何が面白いかっていうと、「現実的でシリアスな重いストーリーなのに、漫画みたいなキチガイキャラクターがやたらと出てくる」っていうところ。

ちょっと呆気に取られます。
「え?これは、笑っていいの?」っていう戸惑い。

こんなにシリアスなのに、「なんでそんなふざけたキャラクター出してくるの?」っていう、ギャップの大きさにクラクラする。面白すぎる。(専門的には、こういうジャンルを「マジック・リアリズム」と言うそうです。)

上巻のストーリーは、ポル=ポト政権が起こした大虐殺を中心に、様々な立場に立つ登場人物たちの視点から、群像劇的に物語が描かれていきます。

  • 理想を語り、知識人たちの虐殺を命じるポル=ポト。
  • ポル=ポト政権に従い、幹部として人々を管理し、虐殺していく人間たち。
  • 人権を奪われ、財産を奪われ、過酷な労働を強いられる農民たち。

これは生き残りをかけたゲームであり、ゲームに勝つための方法は2つです。

  • 自分自身が権力を得て、ルールを行使する側にまわる。
  • 権力者が定めるルールを巧みに回避して罰則を免れ、生き延びる。

虐殺を免れるためにどう立ち回ればいいか、知略を尽くして生き残ろうとする登場人物たちの手に汗握る緊張感。これだけでもグイグイ惹きつけられ、夢中で読んでしまいます。

ただ、そこに多数盛り込まれるファンタジー要素というか、おもしろ要素が傑作です。

例えば、輪ゴムと会話ができる男クワン。
手持ちの輪ゴムが千切れたら人が死ぬという独自の「輪ゴム教」を信仰しています。意味わかんないでしょ。

土と会話できる男プクは、「21日間土しか食べない」という修行を積んで、土と会話ができるようになります。プクが土を操り、銃を持った13人の男相手に1人で立ち向かうバトルはまるで漫画やアニメのように熱く、大興奮の展開でした。

その他、「13年間1度も喋らなかったのに、急に喋り出してソングマスターとして覚醒する男」とか、「綱引きによって神々の声を聞く男」など、荒唐無稽すぎてあっけに取られるトンデモキャラクターたちが複数登場します。

これらのキャラクターのおかげで、退屈せずにドンドン読み進めることができます。

深刻な政治情勢4割、それなりにまともな登場人物がまともに描かれる描写3割、アホらしさ満載のキャラクター描写3割、といった感じで、盛りだくさんの要素でグイグイ世界観にハマっていきます。

理性が求められる下巻

下巻では、上巻から時代が50年くらい飛んで、未来の物語になっていきます。
あまりの変貌ぶりに驚きつつも、ここからSFとしての要素が盛り込まれていきます。

ポル=ポト政権下の歴史的な失敗例から何を学び、その後の世界でより良い政治、より幸せな国を作っていくために人々は何をするのか?という物語が語られていきます。

本作でSF要素として挙げられるのは脳科学の分野です。脳波を測定する機械を利用してゲームを作るというもので、特定の脳波を出すと魔法が出せたりするという、これまた画期的で面白そうなゲームです。

さて、脳科学を応用して発明されたゲームが、社会にどのような役割を果たすのか?「ゲームの王国」とは何なのか?それは実現可能なのか?

根本に流れるのは、独裁者や、腐敗した政治を変えるために何ができるのか?というテーマです。
上巻でかき乱されまくった頭と心が、ゆっくりと結末に向けて理性を取り戻していきます。

 

上巻だけでもいいから読むべき理由

いろんなレビューを見ていると、下巻よりも上巻の方が面白いと感じる人がとても多いです。

その理由は色々ありますが、1つは「テンションの落差」なのかな、と。

上巻はわりと「人間くさい熱い物語」なんですよね。政府による弾圧や虐殺が起こる中で、あらゆる手を使って生き抜こうと必死になる登場人物たちの泥臭さが描かれます。

一歩間違えれば殺されてしまう世界で、懸命に頭を働かせて立ち回る生き残りゲームの中で、人間が何を考え、どう感じ、どう行動するのか。

まさにゲームや漫画の世界を見ている様で、人間の心理描写が興味深いし、物語としても面白い。

キャラクターの個性も強烈で、輪ゴムや土、綱引きを信仰するわけのわからないキャラクターたちが、彼らなりの非科学的な論理を使ってゴリ押しで生きていこうとする姿も面白いです。

一方で下巻がそんなに面白くないと感じる人が多いのは、上巻が終わっていきなりスッと冷静になるからです。下巻は「理想を追い求める物語」です。

辛い歴史を経験したために、いろいろと悟って達観している登場人物が多いし、登場人物たちが世界を論理的に解釈して、それを説明するだけのセリフや独白が多いです。

上巻に比べて頭の良い人物が多く、感情を抑制した話し方をします。(キチガイキャラクターもしっかり登場しますが)

結局みんな、人間くさいのが好きなんだろうなーと思います。

適度に合理性はあって欲しいけど、感情むき出し、個性がキラッキラの人間って、物語的には面白いじゃないですか。人間は基本的にクソ野郎だけど、そんな人間が皆大好きなんだと思います。

確かに上巻の方が圧倒的に面白かったことは否定できません。
まあ上巻を読むだけでも、歴史ファンタジー小説として十分楽しめる傑作です。大満足です。

ただ、SFとしては、下巻が大事になってきます。

脳科学を応用させることで、より幸福な社会を築くために何ができるか?それを考えるための種となるアイデアが、下巻には組み込まれています。

前作『ユートロニカのこちら側』と繋がる思想

著者、小川哲さんは、前作に『ユートロニカのこちら側』という小説を書いています。

感想は下記の記事で書いていますが、
「犯罪のない、貧富の差もない平和な理想郷を築くためには、人間が人間じゃなくなるしかない」という究極的な結論を私に叩きつけてきた小説でした。

ユートロニカのこちら側

その上で『ゲームの王国』を読んだ私は、「同じことがここでも言えるなあ」という感想に至りました。

『ユートロニカ〜』では「人間が、自分では気づかないまま、不快感を感じることなく緩やかに洗脳されていく。」という物語が描かれていましたが…

結局、脳をいじくったり洗脳したりして人間の本質的な部分を変えないと、理想郷は実現できないんじゃない?っていう考え方は『ゲームの王国』でもチラチラと出てきます。

主人公たちが最後にどのような結末を辿るのかは、読んだ人だけのお楽しみにしておきますが…。

結局のところ、皆が公平で理想の社会っていうのは、

皆が共通の考えに従って動くこと=ルールを守ること

という前提があってこそ成り立つ社会であって、そのためには全員の思想を統一化させないと100%幸せな社会は完成しません。

人数の少ない小さなコミュニティ内なら実現できるかもしれないけど、国や世界規模で考えると難しい。多様性を許しながら、ベースとなる思想を統一させるのって難しい。

1つだけはっきりわかったのは、100%の理想郷を目指すのって危険な考え方なんだということ。

「理想郷は無限の善を前提にしている」と登場人物が語るシーンがあります。

無限の善を前提にすれば、あらゆる有限の悪が許容されるから。無限の善のために、想像以上の人が苦しみ、そして死ぬことになる。もっとも高い理想を掲げている人が、もっとも残酷なことをするの。

第三章12 ソリヤのセリフより

例えば私たちは、なんかものっすごいカリスマ的リーダーが現れて、日本を根本から変えてくれないかなーと期待しがちだけど、それは結構危険な考えだということ。

全体を見る視点は大事だけれど、まずは身の回りの小さなコミュニティから良くしていくことを考えることが、ひとまずは大事なんじゃないかなーと思ったりします。

とにかく、そんな感じのことを考えさせてくれる小説です。

読む前と読んだ後で、世界の見え方が大きく変わった小説でした。
知識も広がったし、好奇心も湧いた。
素敵な読書体験でした。ごちそうさまです。


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