『独裁の世界史』書評|歴史をおさらいして政治の仕組みを基本から学べる良本

独裁の世界史

ヒトラーを題材にした映画作品って多いですよね。
他にもスターリンやポル=ポトなど、歴史に名を連ねる独裁者たちは、たびたび映画や小説などの物語に登場して、その恐ろしさを思い起こさせます。

物語をきっかけに歴史上の人物に興味を持った時、もう少しだけ知識を深めて、世界史のおさらいをしてみたいと思ったことってないですか?

私もそういうことは何度もあったんですが、そこまで勉強熱心な性分でもないし、教科書を読み直す気にもなれないしなーと思っていたら、良い本を見つけました。

『独裁の世界史』本村凌二(著)


本書の特徴を簡単にまとめるとこんな感じです。

  • 「独裁」という観点から簡単に世界史のおさらいをさせてくれる。
  • 「独裁政」「民主政」「共和政」といった政治形態についても基本から解説してくれる。
  • 独裁者が生まれる背景について解説してくれる。
  • 独裁政がうまく働いたケースも紹介してくれる。
  • 過去から学んだことを現代にも活かせる知識や考え方を提示してくれる。

169ページの本の中に、有益な情報がぎっしり詰まっています。

作者である本村凌二さんは主に古代ローマ史を専門に研究されている東大名誉教授。丁寧でわかりやすい語り口調で、ポイントを抑えながらまるで物語を語るように世界史の流れを解説してくださっています。

独裁者は絶対悪なのか?まずは前提を問う

ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、ポル=ポト、歴史に名を連ねた数々の残虐非道な独裁者たちを思い起こすと、「独裁者は悪い奴」というイメージを持つのが当たり前だと思います。

しかし一般論として、非常事態においては独裁政が有利に働くことがあることを著者は指摘しています。

例えとして、新型コロナウイルスが蔓延する「コロナ禍」における中国の対応が挙げられています。中国共産党は、その独裁権を存分に奮って都市封鎖や感染者の隔離措置を進めていき、迅速に感染の封じ込めを行なっていきました。

意思決定は議会制民主主義のそれと比べれば格段に早く、超法規的な措置をとれば「自粛要請」など必要ありません。個人の自由を制限してでも感染の拡大を防ぐ。その点において、独裁者をいただく国家が、スピードと徹底の度合いにおいて有利であることは否定できません。

「序 いま、なぜ独裁を考えるのか」より

ここで疑問が生じます。

じゃあ、ヒトラーのような残虐な政治を生むことなく、善良なかたちで独裁政を政治に取り入れる方法はあるのだろうか?

今までこんな風に考えたこと、ありますか?(私はなかった)
ない人はぜひこの本を読むべき人です。読んでいなかったら気づくことのできなかった考え方に出会い、新しい観点で世界史を見直すきっかけになります。

そもそも「民主政」とは?古代ギリシアから学べること

本書はそもそも「民主政」ってなんだっけ?「民主政の何が良いとされてるの?」という話から始まります。改めて問われるとちゃんと説明できない自分にまず気付かされます。そしてそこから説明してくれるの、めちゃくちゃありがたいです。

民主政について学ぶならば古代ギリシアだ!ということで、アテネやスパルタを中心とした歴史のおさらいが始まり、どのようにして民主政が生まれたのかについて、さらには、その歴史の中で度々生まれることとなった独裁者についても解説してくれています。

民主主義の定義は「ましなポピュリズム」

著者は、民主主義の定義は「ましなポピュリズム」であり、民主政にも欠点があることを指摘しています。

私が考える民主主義の定義は、「ましなポピュリズム」です。所詮、民主政はポピュリズムにすぎません。民主政は基本的にはポピュリズム、つまり多数者である民衆による支配ですが、それがましな方向に向いていればまだいいでしょう。しかし、民衆の独善的意見や欲得に流されてしまうと、それは否定的な意味でのポピュリズム、大衆迎合主義になってしまいます。

「第3章 リーダーの見識」より

どういうことか、私なりにかみ砕いて説明すると

見識あるリーダーが民衆の要望を汲みつつ議論を重ね、国家にとって必要な方向に導いている状態ならばまだ「良い」状態です。
しかし、あまり見識のないリーダーが民衆のご機嫌伺いをして綺麗事ばかり並べたて、人気者になることにばかり注力し始めてしまったら最悪だよね

ということです。

大衆迎合主義な現代の政治家と言われると思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。「ふわっとした良いこと」は言うけれど行動が伴っていない人や、敵対勢力を蹴落として自分の人気を上げることにばかり注力する政治家などです。

民主主義の現代日本はうまくいっているのか?

民主政がうまくいくのに必要な条件は大まかに下記2点があることがわかります。

  • リーダーが教養と見識のある優秀な指導者であること
  • 国民も一定の見識を持っていて、適切なリーダーを選ぶ能力があること

しかし現代の日本はこの条件を満たせているでしょうか。
そもそも、政治に関心がある国民ってどれくらいいるでしょうか?日本の選挙制度や議会制度をきちんと理解している人、どれくらいいるでしょうか。

恥ずかしながら私も「政治に詳しい人、能力の高い人がうまいことやってくれればいいのになー」と思ってしまっているところがあります。政治の勉強ってなんか難しそうであまり熱心になれないんですよね。

しかしそうやってみんなが政治に無関心になって、でも不満だけはSNSなどで言いまくるっていう状態が続くと、ポピュリズムがどんどん進んで政治は機能しなくなり、やがてとんでもないリーダーが選ばれてしまうようになります。

かの有名なヒトラーだって、民主政の選挙を通して、民衆から選ばれたのです。実は民主政は、独裁者を生むのに必要な土壌を耕してしまっていることがあるんですね。

今まで「民主主義が1番だよね」と何となく思っていたけど、民主政にも欠点があるのだということが良くわかり、勉強になります。

古代ローマの共和政から「独裁を許さない知恵」を学ぶ

「独裁政」は、取り入れ方によってはうまく使うことができるということを、古代ローマの「共和政」が教えてくれます。

古代ローマの「共和政」は、「独裁政」「貴族政」「民主政」の全ての要素を取り入れた政治システムです。

ローマの政治は3つの政体から成り立っています。

  • コンスル(執政官)と呼ばれる2人の指導者(独裁政の要素)
  • 元老院 貴族300人(貴族政の要素)
  • 民会民主政の要素)
ローマ共和政

コンスルは事実上、独裁者に匹敵する権限を持っていますが、1人ではなく2人にすることで互いに牽制させ、任期も1年限りにするなど、独裁化を防げる仕組みにしていました。

ただし、敵国から侵略があった際など非常事態の時だけ、「独裁官」(ディクタトル)という、独裁権を持つ役職が設けられ、コンスルの1人が半年だけその役職につけるという仕組みがありました。

貴族の集まりである元老院は、コンスルの暴走を抑止する役割を持っていました。貴族は資産や家柄に恵まれているだけでなく、教養を身につけ、一定の見識を持つ人々の集まりです。事実上、政治の実権の大部分は元老院が握っていました。

民会は、その名の通り民衆の集まりで、コンスルを選出する権限を持っていました。コンスルや元老院が民衆に不利な決まりを作ろうとした場合は、民会は拒否権を発動することができました。

このように「独裁政」「貴族政」「民主政」の要素を取り入れ、互いに監視・チェック機能を持たせることで、政治全体が独裁に傾くことを防いでいたのです。

本書では、そうした「混合政体」型の政治の利点を説明するだけでなく、その後何を原因に国が崩壊していったのか、「学ぶべき失敗」の観点からも論じています。

うまくいっていたはずのローマですが、カリグラやネロなどの残虐な皇帝が現れたことも事実です。どのようにして共和政が崩れ、ローマ帝国が滅んだのか、学べる点は多岐に渡ります。

スターリン、ヒトラー、近代の独裁者から学べること

ロシアにスターリン政権が誕生したのは、ちょうど世界恐慌が起きた年です。
ドイツにヒトラーが現れたのは、第一次世界大戦で敗戦して借金まみれになっていた頃です。

経済が行き詰まり、国民の間で不満が高まってきたときに、独裁者が現れる傾向があることがわかります。

強い権力を行使して統制的な経済政策を打ち出し、国民の不満を解消する一方で、それを独裁体制の足掛かりとして、次第に残虐な一面を表出させていく…

という構図が見て取れます。

ヒトラーも、当初は英雄的存在であり、経済を立て直すことで熱狂的な支持を集めていました。民衆は良い点ばかりに注目し、彼の反ユダヤ主義を知らず知らずのうちに受け入れてしまったのです。

もしも、ローマ共和政のような各機関が互いに監視・チェックし合う政治システムがあれば、このようなことにはなっていなかったかもしれません。

このように、ドイツ、ロシア、フランス、イタリアなど各国で登場した独裁者たちの生まれた背景とその失敗例を学ぶことで、なぜ残虐な独裁者の台頭を防ぐことができなかったのかを考えることができます。

歴史を学び、現代を見直す新たな視点を与えてくれる本

いま、多くの日本人が「日本の政治ってうまくいってないよね」と感じている部分があると思います。私もそう思ってはいるものの、何がどういう風にうまくいってないのか、全体の構造を掴むことができずにモヤモヤしていました。

それはそもそも、「うまくいっているかたち」というものをよく知らないからなのだと思います。

歴史を学び、過去の成功例を知り、比較することで初めて日本に足りないものが見えてきます。さらに、失敗から学ぶべきことも見えてきます。

それらを学ぶ上で、この本を読むことが大いに役に立つのではと思います。少なくとも、読んでいない人よりも1歩深い視点で社会の見方ができるようになるはずです。

「世界史の勉強ってものすごく大事なんだな!」と大人になってから改めて実感すると共に、できれば高校生の時にこの本を読みたかったなと感じています。

参考:個人的に「独裁の歴史」に興味を持つようになった作品

映画『帰ってきたヒトラー』

「独裁者って、こんな風に知らないうちにヌルッと現れるんだ」ということを感じることができた映画。そして、現代にも独裁者が現れるスキが潜んでいるんだなと感じて末恐ろしい気持ちになります。

コメディとして観ている人を十分に楽しませながら、時々痛いところを突いてきて、現実的なことを真剣に考えさせてくる、そのバランスの良さが素晴らしい、完成度の高い映画です。

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小説『ゲームの王国』

ポル=ポト政権について、初めてちゃんと知るきっかけになった小説。
凄惨な歴史をベースにしながらも、超能力が使える少年などフィクション要素を取り入れ、さらにSF的な展開として昇華する不思議な物語になっています。

独裁政権によって知識人が根こそぎ粛清され、ろくに字も読めない農民ばかりになってしまった国を根本から変えることの難しさも語られています。

私の感想記事はこちら

ゲームの王国