地球に小惑星が衝突して人類が滅亡する。
ベン・H・ウィンタースによる三部作の長編小説
- 『地上最後の刑事』
- 『カウントダウン・シティ』
- 『世界の終わりの七日間』
は、人類滅亡の半年前、77日前、7日前というそれぞれの時系列における人間たちの物語を描いた作品です。
伊坂幸太郎『終末のフール』と似た設定で、アポカリプス「前」の世界を描いた「プレアポカリプス小説」と呼ばれたりもします。
本作で特徴的なのは、主人公が刑事であるということ。
もうすぐ地球が滅びる世界で巻き起こる「ミステリー」をベースに物語が進行していくのです。
周りからバカにされようが嘲笑われようが、刑事は終末目前の世界を走り回って捜査を続けます。
自暴自棄になって自殺する人や、限られた食糧を求めて他人から強奪する人々、「死ぬまでにやりたいことリスト」を埋めるため、家族を捨てて失踪する人々。
次第に狂っていく人間たちと、暴力や不信にまみれ混沌とした世界を前に、刑事は何を思うのか。
三作目『世界の終わりの七日間』までいくと、もはや「Xデー」まであと7日という状況になるのですが、刑事はなおも行動を止めません。
どうせ死ぬ世界で、生き続ける意味を考える。
これは単なるミステリーにとどまらない、人間の尊厳を描いた物語です。
目次
あらすじ
地上最後の刑事(1作目)
地球に小惑星が衝突し、人類が滅亡することが発覚。
地球最後の日まで、あと半年という状況で描かれるのが1作目の物語です。
主人公は刑事として働く男、ヘンリー・パレス。
ある日、「自殺したと見られる遺体」が発見され、現場の調査に向かったヘンリー。
もはやこのご時世、自暴自棄になった人の自殺なんぞ珍しくもなんともないので、通常であればろくな検死解剖などもせず、自殺と断定して処理してしまうのですが…
これは他殺かもしれない
そう感づいたヘンリーは、本格的な調査を開始します。
同僚や捜査関係者たちから「自殺に決まってる。無駄なことだ。」と嘲笑われながら、それでも真実を追い求めて捜査を続ける日々。
被害者を殺した人物は何者なのか?
半年後にはみんな死んでしまうのに、犯人を捕らえて罰することに意味はあるのだろうか?
自分が死ぬまでにやりたいことは、こんなことでいいのだろうか?
事件の真相を辿るミステリー小説でありながら、「そもそも謎を解く意義ってなんなの?」という根本的な疑問を投げかけてくる構造。
ここまで矛盾と葛藤を抱えながら謎を解くミステリーがあったでしょうか。
ここには、「生きるとはどういうことか」という、人間の尊厳に関わる大きなテーマが隠されています。
そしてそのテーマは2作目、3作目へと引き継がれ、ヘンリーの葛藤は最後の7日間へと集結していきます。
カウントダウン・シティ(2作目)
小惑星の衝突まであと77日。
大半の人が仕事を辞め、自殺するか、殺されるか、「死ぬ前にやりたいことリスト」を達成するためにどこかへ行ってしまっています。
社会は混沌としていて、残されたわずかな食糧を奪い合ったり、溜め込んで家に閉じこもったり、陰謀論に突き動かされて人を裏切ったり殺したり疑心暗鬼になったりしています。
警察組織もろくに機能しなくなり、ヘンリーは刑事を退職させられてしまいます。
それでも、かつてお世話になったベビーシッターからの依頼で、彼女の失踪した夫を捜索するために街を奔走します。
陰謀論を信じ始めておかしくなっていくヘンリーの妹とのサブストーリーも展開され、物語は3作目へと続いていきます。
2作目の本作は2013年度フィリップ・K・ディック賞を受賞した作品です。
個人的には1作目ほどのパンチの強さを感じることができなかったのですが、社会の状況のシリアスさやリアリティが増していて、ラストの3作目に向けて盛り上げ、うまく繋いでいる内容になっています。
世界の終わりの七日間
小惑星の衝突まであと7日。
主人公ヘンリーは、最後の7日間で妹を探す旅に出ます。
ほとんどの人間は死んでいるか屋内に引きこもっていて、町は閑散としています。
「プレアポカリプス(終末の前)」ではありますが、雰囲気としてはもはや「ポストアポカリプス(終末の後)」の空気感をたたえています。
例えるなら、まるでゲーム「Fallout」シリーズのような世界観。
※Falloutシリーズ 核戦争により文明が崩壊し、荒廃した世界を舞台に繰り広げられるオープンワールドRPG。めちゃくちゃ面白くて廃人になるほどハマる神ゲー。
もぬけの殻となった建物の中を歩き回り、オフィスに残されたメモや手帳から、そこで営まれていたかつての生活を想像して手がかりを辿る主人公の行動は、まさにFalloutそのものです。
最後の日を目前にして見る光景、出会う人々とのやりとり、全てが印象的で、愛おしくすら感じてしまいます。
結末は、私にとっては納得のいくラストで、この3作目を読むために、1、2作目を読んできてよかったと思える内容でした。
どうせ死ぬ世界で、生き続ける意味を考える
自分の行動を小惑星のせいにするな!
自暴自棄になった人々による止め処ない犯罪や、自分勝手な振る舞いに、刑事ヘンリーは怒りをあらわにしています。
うんざりする。小惑星の陰に隠れる人々。それを、おそまつな行為のいいわけにする。卑屈で捨て鉢で自分勝手な行動をそれのせいにして、ママのスカートの陰に隠れる子どもみたいに、ほうき星の尾の陰で身をすくめる。
『地上最後の刑事』より
こうしてみると、ヘンリー・パレス刑事はとても強い人です。
死を前に無気力になっていく世間の風潮に負けず、間違ったことを許さない。犯罪行為を見逃さない。
ヘンリーのように強く生きれたらいいなあと思うけれど、難しいものです。
人は何かしら言い訳をして、自分の行動の甘さを正当化してしまうもの。
でも、絶望を前にしても尊厳を失わないヘンリーの生き方は圧倒的に正しく見えるし、美しく見えるのです。
「お言葉ですが、小惑星のせいであなたは奥さんのもとを去ったのではない。小惑星は、だれにもなにもさせていない。あんなの、宇宙を飛んでいるただの大きな岩のかたまりですよ。だれがなにをしようと、決断はその人のものです」
『カウントダウン・シティ』より
自分の間違った行為を小惑星のせいにするな!
お前の行動はお前が決めたことだ!と叱咤激励する言葉に聞こえます。
へこたれそうになる自分を奮い立たせてくれる力強いメッセージを受け取れる小説です。
終わりが見えてくるほど愛おしい世界
3作の中で一番印象的なのは、やはり3作目の『世界の終わりの七日間』です。
読めば読むほど、考えれば考えるほど、あのラスト7日の世界観をなぜか愛おしく思ってしまいます。
あきらめ、受け入れ、どうにか心を落ち着けた人たちの静かな世界。
いまだに生き延びようともがき続ける人間が、最後に絞り出すエネルギー。
数日後の死を目前にして食べるフライドチキンの沁み入るようなおいしさ。香ばしい匂い。
星の終わりに起こる超新星爆発のように、「終わり」を意識するといろいろなことが輝き出して見えます。
生きていることの苦しみの狭間に、美しさやすばらしさを垣間見ることができる、印象的な光景が読後も脳裏に焼き付きます。
プレアポカリプス小説は、実は全ての人に普遍的な想いを呼び起こさせる物語なのではと思います。
人類は滅亡せずとも、人生はいつだって終わりに向かう旅なのです。
世界観に浸りながら、いつか終わるこの世界を生きる意味や生き方について、想いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
関連記事:伊坂幸太郎『終末のフール』
日本の代表的な「終末もの」小説といったらこれですね。1度は読んでみることをおすすめします。
半年後には地球が滅びるのに、犯罪を取り締まったり、殺人事件や失踪事件の捜査をしたりすることになんの意味があるのか?