サマセット・モームのような目で、人間を見ることができたらいいなと思う。
良いところも悪いところも全部知った上で、「人間っておもしろいよね」と笑えるだけの心の広さと余裕がほしい。
ついつい人の嫌なところにばかり目がいって「あー人間ってめんどくさい。やっぱ猫が一番だな」とか考えてしまいがちな私ですが、モームの小説を読んでいると穏やかで寛容な気持ちになれる気がします。
人間なんか嫌いだ!と思ったら、モームの小説を読んでみましょう。
中でも、短編集である『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』は、ちょっとした空き時間に読めるので気軽に楽しめて最適です。
目次
滑稽な人間をユーモアたっぷりに描くストーリー
最初の1話だけ軽く紹介しましょう。
タイトルは「アンティーブの三人の太った女」です。
3人の太ったおばさんがいました。
3人は仲良しで、食べて喋ってトランプゲームをするのが大好き。一緒にダイエットも頑張って、大好きな甘いものも我慢して、皮肉やジョークを言い合いながらも互いに励まし合い、仲良く暮らしていました。
ある日、とある女性が仲間に加わりました。女性はとても痩せていて、いくら食べても太らない体質を持っています。ハイカロリーなものを懸命に我慢する3人の目の前で、好き放題に飲んで食べまくる女性。うらやましさで悶え苦しむ3人…。
この女性の出現によって、3人の心の中で今まで築いてきた何かが崩れていきます。
とても善良で仲間想いの人間の中に、ふつふつと生まれてくるよこしまな感情、抑えがたい欲求。それでも善い人であろうと葛藤する心。
とはいえ昼ドラのようなドロドロ展開ではありません。
ユーモアたっぷりの、滑稽で愉快なストーリーです。モームはそういう描き方がうまいんです。
読了後、私は登場人物の全員を好きになっていました。
いや、「好き」は言い過ぎかな。好感が持てました。決して嫌いにはなれなかった。
おばさんたちの滑稽な姿に苦笑いしながらも「わかるわかる」と共感して、読んでいると自然に「人間ってこんなもんだよな」と笑って受け入れられるようになる不思議。1話目はこんな感じで、楽しく笑って読めます。
巧みなストーリーテラー
声に出して笑いながら読んでしまうような楽しいストーリーがある一方で、読み終えた後にふーっと長いため息をつくような、辛辣で緊張感のあるストーリーもあります。
それぞれの短編の中に「そうくるか」と思わせる事件や出来事があって、締めくくり方も効果的で、1話読み終えるたびに「うーむ…面白かった…」と唸りながら余韻を楽しめる味わい深さがあります。
短編小説は、短い文章でどれだけ多くのことを語れるか、どれだけ大きな効果を生めるかっていうのが腕の見せ所で、「短すぎてよくわからん」ってなったら駄作に終わるけど、「味わい深い」と感じてもらえたら大成功。
海外の映画とかで、登場人物が酒を飲みながら「なあお前、前に話してたあの話をもう一度聞かせてくれないか」とか言って、もう1人が「ああいいぜ…あれはまだ戦争の最中のことだった…」とか語り出すシーンよくあるじゃないですか。
あんな感じで酒の肴としてたびたび語られてそうな、何度も何度も味わいたくなる不思議な魅力を感じます。
人間を見つめるニュートラルな目
モームの描く物語は、人間の性質を善悪で分けることをしません。
美しい部分もあって醜い部分もあって、でも全部含めて人間だよね。
っていうスタンス。
登場人物のタイプはさまざまで、自分の家柄を鼻にかけて横柄な態度をとる貴族のおじさんもいるし、冷淡で利己的で、でも人前ではその欠点を上手に隠している抜け目ない女性もいます。逆に、世間一般から嫌われるような個性を持っていてもケロリと開き直っている変わった人もいます。
鋭い人間観察力に優れたモームにかかれば、人の短所なんてすべてお見通しです。
でも、「人間の醜いところ全部暴いて描いてやるぞ!」っていうおどろおどろしさがまったくなくて、むしろ「ほんと人間って愚かだけど面白いよね」って感じで、皮肉と愛情の両方を込めて描いているように思えます。
さらに、人の性格の悪さを見抜くだけでなく、人間の魅力的な部分にもしっかり目を向けていて、読んでいて心地よくなるような美しい語り口調で、その魅力を巧みに描き出しています。
シニカルだけど人を拒絶せず、恥ずべき部分も笑ってくれる温かさがあって、こういうニュートラルな気持ちで周りの人を見れるのはうらやましいです。見習いたい。
とういうことで、人間が嫌いになりかけたときはモームを読んでみましょう。
嫌だと思う部分も「バカだなあ。でもしょうがないかあ。」って淡々と流せるようになれるかもしれません。
モームの短編は定期的に何度も読み返したくなるし、お気に入りの短編はずっと心に残って忘れないような気がします。