『イッカボッグ』あらすじ紹介|J.K.ローリングならではの知的で寓意に満ちたファンタジー

イッカボッグ

J.K.ローリングの新作『イッカボッグ』
小学生の時から『ハリー・ポッター』シリーズを何度も読んで育った私ですが、大人になってまたJ.K.ローリングの描く世界を楽しめるのは新鮮で嬉しい体験でした。

読んでいて感じたのは、「ああ、やっぱりJ.K.ローリングだ」という懐かしさ

不幸な出来事が淡々と起こるシリアスさは健在ですが、今作は童話ということで、寓意に満ちたストーリー展開と、やさしい語り口が印象的です。

また、「ここでそう繋がるのか!」という細かい仕掛けはさすがといった感じです。

ハリポタとは全く異なる世界観の物語ではありますが、あの「ハーマイオニー・グレンジャー」というキャラクターを作り出したJ.K.ローリングならではの、賢さと優しさを感じさせる物語にどこか安心感を覚えます。

「イッカボッグ」という名の不思議な怪物は、子供達の想像力をかきたてる強烈な存在であると同時に、現実の社会が抱える問題を映し出した生き物のようにも思えます。

J.K.ローリングが夜な夜な自分の子供たちに読み聞かせながら膨らませていったというこの物語。家族みんなで何度でも読み返せるよう、本棚に置いておきたい1冊です。

   

   

あらすじ

世界一豊かな国、コルヌコピア王国
とびきり上質なワインとチーズとソーセージ、食べたら涙を流してしまうほどおいしいパン。世界に誇れるすばらしい食べ物で満ちあふれた国です。

そんな国の辺境には、霧に覆われた沼地が広がっていました。
そこにはイッカボッグという怪物が住むと噂されていましたが、そんな生き物はただの伝説にすぎないことも、人々は知っていました。

ところがある事件をきっかけに、この実在しないはずの生き物イッカボッグが、国を崩壊させるほどの大きな影響力を持つようになっていきます。

目に見えない恐怖を前にして、人々はどのような行動に出るのか。

真実を見抜く目、思いやりの心、間違った力に立ち向かう勇気の大切さを教えてくれる、意義深いストーリーとなっています。

知的で寓意に満ち溢れた物語

目に見えない恐怖が人間を惑わせる

「実在するかわからない伝説上の生き物が国を滅ぼしかねない脅威に変わる」というストーリーですが、読んでいるうちに現実と似通った部分がたくさんあることに気付く方は多いと思います。

新型コロナウイルスが蔓延し、疑心暗鬼になりがちな私たちの心情。
東日本大震災発生時の、放射線に対する異常な恐怖心。

元々はJ.K.ローリングが自分の子供たちに読み聞かせるためだけの「とっておき」だったこの物語。改めて書き起こして出版する気になったのは、新型コロナウイルスが蔓延し始めたことがきっかけだったそうです。

まえがきで、著者はこのように語っています。

人間が創り上げる怪物は、いったい私たち自身について何を教えてくれるのでしょう?どういうきっかけで、邪悪なものが人間を、または国家を掌握するのでしょう?そして、どうすればそれに打ち勝てるのでしょうか?どうして人間は、不十分な証拠や全く存在しない証拠に基づいた嘘を信じてしまうのでしょうか?

ウイルスも放射線も実在するけれど、はっきりと目には見えない。でもどこかで誰かの命を蝕んでいるという恐怖。

  • 虚偽の情報が蔓延する中で、真実を見抜く力を養うことの大切さ。
  • 周りの人を思いやることで生まれる大きな力。
  • 状況に流されて思考停止せずに、自分の頭で考えることの重要性。

『イッカボッグ』は、難しいけれど大切なことを改めて教えてくれる、たくさんの意味を持つストーリーなのです。

   

シリアスなストーリーだけど、子供にもちゃんと伝わる

子供たちが描いた挿絵のすばらしさ

本の挿絵には、子供達が描いた挿絵コンテストの入選作品が使用されています。どれもすごく上手に描けていて美しく、色あざやかで圧倒されます。

出版前にWEB上でストーリーが無料公開されていた時期があり、それを読んだ7歳〜12歳の子供達が応募した絵が掲載されています。

物語はどちらかというと大人向けのシリアスな内容になっているので、私も読んでいて「子供にも受け入れられるのかな?」と心配になったりする部分がありました。

しかしそんな心配をよそに、子供達はしっかり世界観を読み取って、自分なりに解釈して想像力を働かせ、あんなにすてきな絵を描くことができています。

逆に読んでいるこちら側が、子供たちの挿絵に理解を助けられていたようなところすらあります。

作者は子供の想像力を信じている

J.K.ローリングはちょっとしたモブキャラなどにも膨大な裏設定を用意することで有名な作者です。ゆえに登場人物が多く、各々にまつわる小さなエピソードも細かく語られます。

大人でも、登場人物が多くて覚えるのが大変!と思ってなかなか読み進められなかったりするのですが、子供たちは意外にも、それぞれの名前をちゃんと覚えることができるんですよね。

そういえば子供の頃に『ハリー・ポッター』シリーズを読んでいた私も、たまにしか登場しないモブキャラの名前をいまだに覚えていたりします。(「ディーダラス・ディグル」とかね。)

『ハリー・ポッター』シリーズの1作目『ハリー・ポッターと賢者の石』のあとがきにて、訳者である松岡佑子氏はこう書いています。

子供を侮ってはいけない、と彼女(J.K.ローリング)は言う。子供の想像力は豊かだ。挿絵の一枚もない223ページ(第一巻の原書)の細かい活字の本を、子供たちはむさぼるように読む。(中略)まだ字を読めない子供も、親が読み聞かせるとシーンとなって聞きほれる。

静山社『ハリー・ポッターと賢者の石』単行本版の訳者あとがきより

もともと『ハリー・ポッター』シリーズ自体、児童向けで書こうという気はなかったそうですが、あっというまに世界中の子供達の人気作品になってしまいました。

『イッカボッグ』も、大人向けで難しいかな?と思ってしまうストーリーではありますが、大人が思っている以上に子供は柔軟で、複雑な物語を読みこなします。

お父さんお母さんはぜひ、子供の想像力を信じて読ませてあげてほしいと思います。

静山社『イッカボッグ』公式ホームページhttps://www.sayzansha.com/ickabog/