柞刈湯葉『人間たちの話』感想|逸品揃いのSF短編集

人間たちの話

読み終えた後に、「あー面白かった」って思える短編集。

面白い上に、「好きだなー、こういうの」って思える作品。

『横浜駅SF』でデビューした柞刈湯葉による初のSF短編集『人間たちの話』

科学分野の知識と、底知れない創造力と、想像力。そしてユーモア。

著者が持ついろんな才能が掛け合わさって、「こんなん、真似しようと思っても簡単に真似できるもんじゃないだろ」って思える唯一無二の秀逸な作品が揃っています。

お気に入り3作をざっくり紹介

冬の時代

雪原

寒冷化が進んだ未来の日本が舞台。

雪と氷に覆われた日本列島で、広大な雪原を2人の青年が歩く。

目指すのは、はるか南にあるという「春の国」。

核戦争によって崩壊した世界を旅するゲーム「Fallout4」を何百時間も遊んだ私はポストアポカリプス作品が大好き。

終末世界って、どうしてこんなに惹きつけられるんだろうとずっと思っていたけど、この短編を読んで気づきました。

「静謐さ」がたまらなく良いんです。

文明が崩壊して人口が激減した後の世界。
見渡す限りの真っ白な雪原。

とても静かな雰囲気の中で、1歩1歩雪を踏む青年たちのザクザクという足音がすぐそばで聞こえるような気がしてきます。

まさに「浸るように読む」という言葉が適した作品。

現実を忘れて、見知らぬ世界を少しずつ切り開いていくオープンワールドゲームのような楽しさを思い出します。

そんな感じで世界観に浸っていると突如現れる、「ゲノムデザイン」された生き物たち。

奇妙なかたちに遺伝子改変された生き物と、独特の狩り用武器、そして獲物を調理するサバイバル用具。

じっくりと、静かに、でもワクワクしながら読み進めるこの時間がたまらない。

個人的には1番お気に入りの作品です。

できれば長編にして続きを書いてくれないかなあ、と思ったりもします。

たのしい超監視社会

超監視社会

「これは現実にあり得るかもしれない」と半ば本気で思ってしまう。

いわば「国民総YouTuber時代」

生活の一部始終をおおやけに垂れ流し、より多くの視聴者を獲得することで国からの「信用値」を稼ぎ、生活水準を上げてのし上がっていく。

「プライバシー」という言葉すら知らない「監視ネイティブ世代」は、息をするのと同じくらい当たり前に、監視し合うことを受け入れて楽しんでいます。

ジョージ・オーウェルの『一九八四年』が描く未来は現実味を失いつつあり、より「現実にあり得る」監視社会を描く作品が増えてきていますが、本作もその1つと言えます。

小川哲の『ユートロニカのこちら側』と似たアイデアが使われていますが、本作との違いを考えると面白いです。

『ユートロニカ〜』は、AIが人間の動きを100%コントロール下に置くことを本質としていたので、最終的に人間が「人間らしさ」を失っていくことで形作られていく社会が描かれていました。

一方で本作は、監視体制に置かれたり思考統制を強いられながらも、自分たちなりの楽しみ方を見つけ、時にはシステムの裏をかいて、たくましく人間らしく生きていく姿が描かれます。

初めて読み終えた時は薄ら寒さを覚えたけど、何度も読み返すと人間の底知れないエネルギーみたいなものも感じられて、読むたびに印象が変わります。

『一九八四年』の続編として、「現実に落とし込んだらこうなるだろう」という違和感のない創作が見事な作品です。

宇宙ラーメン重油味

地球外生命体、というか「太陽系外生命体」の存在が当たり前のように存在する世界で、「消化管があるやつは全員客」をモットーにラーメン屋を営むあんちゃんの、かっこいい物語です。

本作では著者の才能が大爆発しています。

底知れない創造力と想像力に加えて、(文系人間の私からすると)マニアックで専門的で高度な科学的知識が組み合わさった、唯一無二の作品。

1つの内臓系に複数の頭脳をもつトリパーチ星人。「彼らにいくつの選挙権を与えるか」という社会問題のユニークさとリアルさ。

生物ごとの必須栄養素を考慮して、重油やら工業繊維やらを材料に作られる極上のラーメン。

世の中に理系知識の豊富な科学者や研究者はたくさんいても、それらの知識を創作に盛り込むことができる人はそう多くありません。

著者はそういった科学知識をふんだんに物語に盛り込みながら、高いアイデア力とユーモアを加えた、独特なSFラーメン小説を書き上げています。

真似しようと思っても誰でも簡単に真似できるもんじゃない。すごい作家さんだなあと思わされる作品です。

その他の短編も秀逸

未知の生命を探し求める科学者の探究心と、人間の孤独な心を重ね合わせて描いた表題作「人間たちの話」は、とても「文学的」で質の高いSF小説です。

30歳になった日、自宅に巨大な岩が出現し、次第にその岩に対して奇妙な愛着が湧いてくる…という奇譚を描いた「記念日」もまた「文学的」な作品です。

この大岩はなんのメタファーなんだろう、と考えながら繰り返し読むと味わい深い作品です。

「No Reaction」は透明人間フィクション。「全国180万の男子中学生の切なる願望の具現体」でありながら、世界で1番孤独な存在である透明人間を、ユーモアたっぷりに描きます。

全6遍の作品のどれもが秀逸で、読めばきっとお気に入りの1遍が見つかるはず。
何度も何度も読み返して味わいたくなる短編集です。

あらゐけいいち先生のイラストも最高

あらゐけいいちファンの私は表紙を見て一瞬で飛びつきましたが、この表紙イラストがまた良い仕事をしてくれています。

描かれているのは、短編ごとに登場する主人公たちの姿。

このイラストが想像の下地となってイメージを支えてくれるので、物語に入り込みやすく、登場人物に親近感を抱きます。

SFの独特な世界設定って、たまに難しすぎるとなかなか世界観に入り込みにくかったりするんですが、このイラストがそういったハードルを取り除いてくれます。

SF初心者の方にもおすすめしたい短編集だと言えます。おすすめです!

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ユートロニカのこちら側