『終末のフール』あらすじと解釈|生きてる理由がわからない人が読むべき小説

終末のフール

ここだけの話、私は23歳社会人1年目の春、地球が滅びればいいと思っていました。

なんかもう嫌なことが多すぎたから。
こんな人生、もう、いっそ終わってしまえ!と思ったから。

でも1人で人生を終えるのは寂しいから、いっそ地球滅んじまえ!
そんでみんなで人生を終えよう!
(?)

なんて、漫画のラスボスみたいに凶悪でメチャクチャなことを半分本気で考えていました笑

自由気ままにダラダラと過ごした大学生活をしぶしぶ終えて、どうにかこうにか社会人になったのですが、毎日会社に行くのが嫌すぎました(甘ったれめ)。

今までは好きなことが好きなだけできたのに、朝から晩までずっと会社に拘束されて、たいして興味もないことばかりやり続ける人生への絶望感。

そんな私が読んでいろいろと考えさせられたのが伊坂幸太郎さんのこの短編集『終末のフール』です。なんとまさに地球が滅びようとしている世界を描いた小説なのです。

そして、まさにその「滅びようとしている地球」で、登場人物たちはどう行動するのか?を描きながら、私たちに生きることのヒントを与えてくれます。

  • 生きてる理由がわからなくなった人
  • 人生に価値が見出せなくなった人

そんな人に読んでほしい小説です。

この記事では、簡単なあらすじの紹介と、物語から得られる生き方のヒント、そして、「地球滅びろ」と思っていた私自身がこれを読んでどう変わったかを書いていきたいと思います。

  

  

全体のあらすじ、世界観

8年後に地球に小惑星が衝突し、地球が滅びます」と発表されてから5年後の世界。

「終末のフール」は、残り3年で地球が滅亡するという状況で語られる8つのストーリーが収められた短編集です。

物語の主人公はストーリーごとに異なり、その人物像もさまざま。

老若男女、健康な人も病気の人も、様々な人が否応なしに死を意識する物語となっています。

読む人によっては、自分と近いものを感じて共感したり、なるほどと思ったりするようなエピソードが見つかるかもしれません。

滅亡まで3年とはいえ、「滅びます」と宣告されてから5年経っているので、世間の混乱は少し落ち着いて小康状態にあります。

宣告直後は自殺したり、誰かに暴行したり、物を盗んだりとそれはもう滅茶苦茶な状況だった様です。そんな混乱と葛藤を乗り越えて、人々がどう生きるのかを描いたストーリーとなっています。

ストーリーごとのあらすじと解釈(ネタバレなし)

それぞれの短編ごとに、以下3点をそれぞれ書いていきます。

  • どんな主人公の物語なのか
  • どんなあらすじなのか
  • 簡単な感想と解釈

終末のフール:破綻しかけている家族

「二度と帰ってこない」と家を出て行った娘と、頑固者のお父さん。そしてマイペースなお母さん。

破綻しかけている家族は、いざ地球が滅びるとなったら、どうするのか。
死ぬ前に「家族の再生」は果たせるだろうか。

もしも「家族はこうあるべき」「幸せな家庭であるべき」という考えで悩んでいる人がいるのなら、このエピソードのような家庭もあるんだよと教えてあげたいです。

お母さんと娘は、独立した自分なりの生き方を持っています。

お父さんだけが、家族に依存して甘えています。

読む人が「このお父さんをどう思うか」によって、読後の感想が大きく変わる物語だと思います。

私はどうしてもこのお父さんが好きになれませんでしたが、お母さんが持っていた意外な「強さ」にどこか安心したのを覚えています。

太陽のシール:若い夫婦(妻は妊娠中)

優柔不断な夫と、サバサバしたかっこいい奥さん。

もうすぐ地球が滅ぶのに、子どもなんか産んでもいいのだろうか?生まれてくる子供は幸せだろうか?

「どうして自分は生まれてきたの?」の問いの裏側には、別の問いがあるんですよね。「どうして子供を産むのか?」という親の自問です。

なにも地球が滅びなくても、きっと現実の多くの人が考える問題です。

これは「親としての責任」の物語でもあるし、「生まれる」ということの本質的な意味がこのエピソードには込められています。

考え方次第で、生まれることも死ぬことも全部「幸せなこと」にできるんだなと、気づかせてくれるエピソードです。

籠城のビール:死ぬ前に復讐したい男と、復讐される男

拳銃を片手に、妹の仇を討ちにきた男。

まさに殺されそうになった男が、最後に発する意外な言葉。

そりゃあ、もうすぐ死にますよって言われたら、法律も倫理も関係なくやりたいことやったるぜって思う人は出てきますよね。

でもこんな状況でも「生き続ける理由」があって、「こんなことでも生きる理由になるんだ」と思わされるエピソードです。

本当に、考え方次第で人生は180度変わるんです。生きる理由なんて結局なんでもいいんです。この物語を読むと、そう強く思います。

冬眠のガール:両親を失った20代の女性

両親が自殺した後、父親の書斎にあった2千冊以上の本を全て読破することを目標に掲げる娘。

全てを読み終えたら、次の目標を立て、紙に書いて壁に貼る。

立てた目標は…「恋人を見つける」。

凄惨な現実が、静かに静かに、淡々と描き出されるエピソードです。

そこに書かれるのは「ただ生き続けること」、それだけです。

なんとなく、自分の父が死んだ時のことが思い起こされました。

家族が死んだときって、悲しむよりも先にやることがいっぱいあるじゃないですか。お葬式の段取りとか、相続のこととか、遺品をどうするかとか。

悲しいけれど、やるべきことを淡々と1つ1つこなしていかなきゃいけないんですよね。でも、それこそが「生きる」ということなんだと思います。

そうやって生きていると、たまに得られるちょっとしたことが悦びを与えてくれるんです。

そしてその悦びがまた生きる理由になっていくのだと思います。

鋼鉄のウール:家族に失望する高校生と、寡黙なボクサー

ボクシングジムに通う高校生の少年。

少年の父親は部屋に引きこもったまま出てこない。家族はほとんど機能していない。

少年の先輩である寡黙なボクサーは、いつ地球が滅びようが、変わらず毎日ジムで練習する。そんな先輩を見て、少年も前を向く。

1話目の「終末のフール」がまだマシに思えるくらいに、描き出される世界の深刻さが増してきます。

だからこそ寡黙なボクサーの言動がとても心強く感じます。

この人は、隕石が落ちる瞬間もずっとジムで練習してるんじゃないでしょうか。

明日死のうが3年後に死のうが、生き方は変わらないんですよね。

いつだって、明日死ぬくらいのつもりで生きていたいなと思えるお話です。

天体のヨール:自殺を決心した男

妻を殺され、復讐を果たし、自らも死ぬことを選んだ男の物語。

死ぬ直前、大学時代の友達から連絡が来て、二人で会うことにする。

別れて帰宅した後、男が本当に自殺を遂げたのかは語られない。

主人公の男は、死んだかもしれないし、あるいは自殺を思いとどまったのかもしれません。

ただ一つ言えるのは、まさに死ぬその直前までにも、生きる理由が存在すると言うことです。たとえそれが「月を眺めよう」というなんでもないことであっても、立派な生きる理由です。

これからまさに自殺しようとしている男の前に、「猛烈に生きることを楽しんでる人」が次々現れるという対比が印象的です。

彼らの持つエネルギーが、男に少しだけ、月を眺めるだけのわずかな力を与えたように思えます。最後、「月を眺めたら」という言葉が「星を眺めたら」に変わる未来が私には見えました。

演劇のオール:疑似家族を演じる元役者

両親を失った元役者志望の女性。

役者の夢は諦めたけれど、今日もみんなの前で役を演じる。

近所のおばあちゃんの前では孫として。
同じマンションの年下の女性の前では、姉として。
母として、恋人として、飼い主として。

偽物でも演技でも良いから、誰かと繋がっていたい」と願う主人公の懸命な想いが、多くの人を幸福にします。その幸福だけは、偽物ではありません。

この人の前だと素の自分を出せるけど、この人の前だと良い人ぶっちゃうなーっていうの、ありますよね。「自分を偽って生きてるみたいで嫌だなー」と思うかもしれませんが、全部含めて自分だし、そうやって演じながら誰かと繋がることも大切なんです。

深海のポール:最後まで生き残って高みの見物がしたいお父さん

地球に隕石が落ちたら洪水が起こるから、やぐらを作って最後は高みの見物といこうじゃないか。そんなことを言う父親と、息子の話。

このお父さんが、まあかっこいいんですわ。

どうして死んではいけないのか?」という問いに答えがあるなんて思っていなかった私は、このお父さんの堂々とした答えにものすごく驚きました。

生きることって、そんなに綺麗なものじゃないんですよね。

地を這いつくばってドロドロになりながらも、生存競争を勝ち抜こうとするのが本来の生き物の姿です。

私たちは、「きれいに生きること」にこだわりすぎているんじゃないかと思います。

最小限の苦労で、スマートに賢くお金を稼いで、周りに自慢できるような生活を送ることを「価値がある」と信じ込んでいるところがある。

だから、失敗だらけでお金も無くてうまくいかない自分を「恥ずかしい」と思ってしまう。そうやって自分の人生を「価値がない」と決めてしまう。

でもこのお父さんは違います。
ジタバタしながらでも生き延びる事こそ、かっこいいのだと教えてくれます。

  

生きてる理由がわからない人が読むべき理由

どう生きたらいいのか?のヒントをくれる

ここまであらすじと感想を読んでいただいた方なら、お察しいただけるかと思います。

8つの物語の中では、本当にさまざまな人が、それぞれの理由と目的で生きようとしています。

読んでいるうちに、何かしらヒントになるようなものが見つかるはずです。

あのな、恐る恐る人生の山を登ってきて、つらいし怖いし、疲れたから、もと来た道をそろそろ帰ろうかな、なんてことは無理なんだよ

「深海のポール」より

こんなこと、もし自分の親や職場の先輩に言われたら反抗心しか生まれなかったかもしれません。

でもこのお父さんに言われると、なんだかスッと納得してしまうのです。小説には、そういう力があります。

かっこよく生きようとする必要もありません。とにかくできることをやれば良いんです。それは、「冬眠のガール」の主人公が教えてくれます。

やらなければいけないことを一つずつやり遂げていく。一つやり終えたら、次のことが見えてくるから。慌てずに

「冬眠のガール」より

一発逆転の救いの言葉を求めても、そんなものは滅多にありません。

素朴で淡々とした行動が自分を救うことになるのです。

一生懸命自己啓発本を読んだり、哲学書を読んでもぜんぜん頭に入ってこないのに、小説だとスッと染み込んでくる。これが小説の魅力です。

「地球滅びろ」と思っていた私を変えてくれた

「地球滅びろ」と考えていた私は、この小説からとにかく生きろと叱咤激励された末に、いつのまにか「なにして生きようか」と考えるようになりました。

当時勤めていた会社で約6年、自分なりに一生懸命仕事をがんばり、そしてじっくり考えた上で会社を辞めました。

会社を辞めてからも、うまくいかないことや、どっちに進もうか迷うことは何度もあります。それでも道を引き返したり、終わらせてしまおうとは思いません。

とにかく「何をしようか。どうやろうか。」だけを考えて生きています。

その一つが、この記事を書くことです。自分の読書経験を書くことで、あの頃の私と同じ気分でいる人に、生き方のヒントを伝えたい。

何もしなくても、どうせ隕石は落ちるのです。みんなの頭の上に、平等に。
どんな小さなことでも生きる理由にして、その日まであがいてやろうと思います。

まとめ:書籍情報と他おすすめ小説

「終末のフール」は生きるための勇気と気力が、じんわりと湧いてくる小説です。

著者である伊坂幸太郎さんは、小説を書くときは明確なメッセージを込めるのではなく、誰かに何かが沁み込むことを期待して書いていると語っています。

「人間は素晴らしい」「未来は薔薇色だ」みたいな話も、僕には信じられなくて、やはり悲観的な性格だからだと思うんですが、だから、その中間あたりを書きたいんですよね。ウソでもいいから、ハッピーなものを、でも、白けないものを。そんな感じで。格好良い音楽を聴くと、もしもそれが悲観的な歌詞であっても「よし、今日も仕事に行こう」とかなるじゃないですか。

河出書房新社「総特集 伊坂幸太郎」掲載インタビューより

この小説から得られるのは、明確な答えではなく、生きるためのヒントです。小説を読んで、考えるところから新たな人生が始まります。

もしあなたが「こんな人生に意味はあるのか」と疑問に思ったのなら、その質問の文章を変えてあげるべきです。

「いつか死ぬその日までに、この人生をどんな風に生きていこうか」と。

ぜひ「終末のフール」を参考に、考えてみてください。

関連おすすめ作品:『地上最後の刑事』ほか三部作

アメリカの作家ベン・H・ウィンタースによる三部作です。

あと半年で地球が滅亡するというギリギリな状況で、主人公の刑事が奔走するハードボイルドな物語です。

こちらも「生きる意味」や「生き方」について考えさせられる作品です。

2作目は地球滅亡まで77日、そして最終作である3作目は、最後の7日間を描いています。

詳しくは下記の感想記事をご覧ください。

ベン・H・ウィンタース 『地上最後の刑事』ほか