良い意味で、えげつない本です。
東京大学名誉教授(出版当時は副学長)の羽田正さんが書いた本書『新しい世界史へ 地球市民のための構想』には、今までの世界史に対する考え方をガラッと変えてしまう、ものすごい構想が書かれています。
簡単にまとめると、
というのがこの本の趣旨です。
読んでみると「こんなことできるのか?」と思う壮大な構想なんですが、もし実現すれば世界がもっと平和になるかもしれない、期待の持てるプロジェクトでもあります。
全体としては「歴史学者の人たちが今後の研究に活かすべき考え方」が書かれた本とも取れます。
とはいえ、私たちのような「趣味や教養のために世界史を勉強している人」にとっても、「現行の世界史の中に潜む先入観」を知っておくために、ぜひ読んでおくべき内容になっています。
目次
歴史とは「帰属意識」を強化する要素
私たち日本人は、当たり前のように学校で日本史を教わりますが、それはなぜでしょうか?
本書を読んでハッとしたのですが、日本史の教育は「共通の過去を持つ日本人」というアイデンティティーを強化する役割を担っているのです。
それは日本人同士の仲間意識を強めることにもなりますし、「自分がどこに属する人間なのか」をはっきり言えるということは、生きる上で重要な支えになります。
一方で著者は、地球市民として共通のアイデンティティーを持つことが求められていると語ります。
世界中の人々の帰属意識が自国だけでなく「地球」に向かえば、地球全体が抱える問題(環境問題)などについても共同で立ち向かうことができます。
異なる歴史観による国同士の争いも緩和されるでしょう。
その為に、人類共通の新しい世界史が必要だと説いているのです。
なお、当面の間は「日本国民としてのアイデンティティー」と「地球市民のアイデンティティー」は両立させて生きていけば良いと著者は説明しています。
「長崎県民である」ことと「日本国民である」ことが両立するのと同じです。
今の世界史には問題点がある
著者は日本ので語られている現行の世界史について、3点の問題点を挙げています。
- あくまでも日本人による世界の捉え方である
- 自と他の区別や違いを強調する語り方である
- ヨーロッパ中心史観に基づいている
- あくまでも日本人による世界の捉え方である
学校で教える「世界史」は、国によって教え方が違います。
当然、日本にも日本独自の教え方が根付いています。
中国と日本の歴史認識があまりに違うために、さまざまな軋轢が生まれていることを考えるとよくわかると思います。
- 自と他の区別や違いを強調する語り方である
「国や地域ごとに異なる歴史があり、それが合わさったのが世界史」というパズルのピースのような考え方も問題だと著者は言います。
日本人である私たちと他の地域の人たちは歴史が違うから、同じコミュニティーには属さないよね
という考え方が刷り込まれるからです。
もちろん日本国民としての帰属意識は大切ですが、さらに必要なのは、同じ「地球に属している」という認識が持てる世界史です。
- ヨーロッパ中心史観に基づいている
「欧米と比べて日本は〇年遅れている」といった言葉がよく聞かれるように、
ヨーロッパが歴史を動かし、経済を発展させ、日本やアジアなどの「非ヨーロッパ」はそれに追従するかたちで遅れて発展していった
という先入観があります。
この考え方は少しずつ改められてきている様ですが、ほとんどの歴史書は、基本的にこの「ヨーロッパ中心史観」を無意識に受け入れてしまっていると言います。
新しい世界史への取り組み
現行の取り組みの問題点
各国でいろいろな取り組みがあり、これらには「新しい世界史」へのヒントが詰まっています。
- 英語圏の国で進んでいる「グローバル・ヒストリー研究」
- アジアやイスラーム世界などの「非ヨーロッパ」側の視点から捉えた世界史
- ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』などの「環境史」
- 川北稔『砂糖の世界史』などの「モノの世界史」
- 海を中心として国境を越えた広い地域を捉える「海域世界史」
しかし、これらすべてに指摘すべき問題点があり、本書はその1つ1つについても解説しています。
主な問題点は、やはりヨーロッパ中心史観的な語り方を受け入れてしまっていること。
「非ヨーロッパ」側から描いた世界史も、結局は「ヨーロッパ」対「非ヨーロッパ」という構図を受け入れてしまっていることになります。
地球市民の新しい世界史のために
上記で挙げた問題点を踏まえて、本書では下記3点のプロセスが解説されています。
- 世界の見取り図を描く
- 時系列史にこだわらない
- 横につなぐ歴史を意識する
この詳細については、ぜひ実際に読んでみてください。
読むと、何とも言えない気持ちに襲われます。
これは…実現したらすごいことだけど…できるのか?いや、がんばればできるかな。でも難しそうだな…何年かかるかな…。
っていう、あまりにデカいものを目の前にして漠然とする感じです。笑
まさに叡智を結集させるビッグプロジェクトです。
私は1人の世界史好きとして、実現されるのを楽しみに待つばかりです。
でも私が生きてるうちに完成するのだろうか…。少なくともこの新しい世界史観が世界に浸透するのは何十年、百年を超えるかもしれません。
とはいえ、こういった新しい視点で世界史を見ることの重要性を、本書を読んで理解できたのはとても価値のあることでした。
今まで読んだ歴史書をもう1度、今度は批判的な視点で、読み直してみたいと思える本です。
国によって異なる「歴史の語り方」を見直して、全人類が「地球市民」として共通で認識できる「地球社会の世界史」を作り直そう!